「鬼滅の刃」の人名が正しく出せない?

「呪術廻戦」や「SPY×FAMILY」(スパイファミリー)などなど、昨今の漫画・アニメは世代を超えて広く人気を得ている作品が多くなったように感じます。少し前には「鬼滅の刃」が一世を風靡し、今や知らない人もいないほどの知名度ではないでしょうか。今回は「鬼滅の刃」にちなんだ人名用漢字の話題をお届けします。

ご覧になったかたはお気づきかと思いますが、「鬼滅の刃」の登場人物は、それぞれとても個性的な名前が付けられています。それがまた、キャラクターを際立たせ印象を強くしているように感じます。例えば、竈門(かまど)、嘴平(はしびら)、栗花落(つゆり)、甘露寺(かんろじ)などなど、実はこれらの名字は、ほとんどが実在するもので、ただし非常に珍しいものばかりとのことです。

さて、これら登場人物の名前の一部に、使用しているパソコンなどの環境によっては正しい字形のものが表示できない文字があるのをご存じでしょうか。
主人公、竈門炭治郎の妹「竈門禰豆子」の「禰」の字は、左側のへんは「ネ」の形のしめすへんが正しいものです。また、鬼殺隊・炎柱の「煉獄杏寿郎」の「煉」は、右側つくりの部分が「東」のように真ん中の囲みの中が横棒になっているものが正しいようです。しかし、一般的にWindowsパソコン上のIMEで入力しようとすると「禰」「煉」のほうしか出てこず、正しいものが入力できないことがあります。
これらは「異体字」と呼ばれる、元々は同じ意味を持つ字なのですが、字形の細部や表現などが異なるために、別の字形と見なされるものなのです。

JISコードで字形変更された文字

「禰」「煉」は、いずれも「JIS第一水準」に定められている文字ですが、実はこれらは、JIS漢字コードの長い歴史の中、途中で字形の変更が行われた168文字の文字のうちの一つなのです。
現在、日本語環境で広く使われている規格は、JIS漢字コード JIS X 0213:2004といい、2004年に制定されました(JIS2004と呼びます)。このとき、それ以前の規格(JIS90と呼びます)で、既に一般に広く浸透している文字のうち168文字の字形が変更されました。Windows上のフォント(MS明朝など)における、このJIS2004字形の反映は、2007年発売のWindows Vistaから行われ、最新のWindows 10にも引き継がれています。JIS2004字形とJIS90字形では、例えば下記のような違いがあります。

・辻・逢・樋 など「しんにょう」の含まれる文字
 JIS90:1点しんにょう
 JIS2004:2点しんにょう

その他、字形の異なる文字には、芦・茨・葛・楢 など人名や地名で多く使われる文字も多数含まれています。これにより、同じ文字コードで入力された文字が変更以前と以後で字形が変わってしまうという現象が起き、主に印刷の分野などで混乱が起きたことがありました。

異体字を出す仕組み、IVS

では、JISにて字形変更された文字を出すにはどうしたらよいのでしょう。実はこれらの文字は、IVSと呼ばれる仕組みを使うと、利用環境によっては問題なく使うことができます。

これまでこういった異体字をパソコンで出すには「外字」を作る必要がありました。しかし、外字以外にもそのような異体字を表示する方法が考え出されました。それがIVS(Ideographic Variation Sequence)です。IVSでは、異体字を表現したい文字(基底文字)と異体字や俗字などをバリエーション番号(字形選択子=Variation Selector)を組み合わせて、漢字字形指示列(IVS)を構成し、異体字のうちのどれであるかを特定をします。つまり、基本の文字コードに枝番号をつけて、複数ある異体字を区別するようなイメージです。

IVSは、今までは外字を作るなど用意しないと表示できなかった文字を、出せる可能性のある便利な仕組みですが、使用するためには条件があります。まずWindowsの場合、バージョンは7以降(7, 8/8.1, 10,11)が必須で、次に「IPAmj明朝」などのIVSを含んだフォントが必要です。IVS文字は、MS明朝など一部の文字しか含まれないフォントもありますので、注意が必要です。また、異体字を使いたいアプリケーションもIVSに対応していなければなりません。Word、ExcelといったOffice製品は、Office2013以降のバージョンが必要です。その他、アプリケーション次第となり古いものだと対応していない可能性が高いです。

IVSで正しい文字を出すには

では話を戻して「鬼滅」の登場人物の名前を正しく表示するには、一体どうしたらよいのでしょうか。まずIVSで表示する方法は、OSおよびアプリケーションがIVSに対応しているとして、下記の文字コードを入力することで表示ができます(フォントがIPAmj明朝の場合)。

「禰」(へんが「ネ」)― 基底文字:U+79B0 + セレクタ:E0102
「煉」(つくりが「東」)― 基底文字:U+7149 + セレクタ:E0102

ただ、異体字には細かな違いがあり多くの種類のある異体字から1つの文字を探すのは意外と大変です。最新のIMEなどでは、読みの入力で出すこともできますが、非常にたくさんの候補が出たり、また字が小さく細部の違いなどがわかりにくかったりで、使いこなすのはなかなか難しいものです。
そんなときはIVS入力支援のためのツールを使うと簡単に探すことができます。例えば、IVSパレットMJ。こういったものを使うことで、読みや画数、部首、各種文字コードなど様々な条件で検索し、容易に入力することができます。



IVSが使えない場合

次にIVSが表示できる環境ではない場合は、何か方法はあるのでしょうか。業務用アプリケーションなど、Shift-JISという従来からの文字環境しか使えないソフトウェアがまだまだ多く、残念ながらIVSを使えない場合も多いようです。
そのような場合、従来通りの「外字」を使う方法もあります。元々ベースの文字のある異体字とは言え、自分できれいに作るのは難しいものですが、市販の外字ソフトには人名用の異体字が数多く収録されており、そういった製品を利用することで通常の文字と同じような品質で表示が可能になります。
例:人名外字1500/PROシリーズ
この人名外字シリーズには、「禰」と「煉」の異体字も収録されています。

終わりに

現在、テレワーク、リモートワークも常識になりつつあります。それに伴い、様々な分野でDX(デジタルトランスフォーメーション)が叫ばれ、急速にデジタル化の波が押し寄せています。
その中で、「人名」というのは古くからの戸籍の記録やそれを元にした情報を引きずっていることもあり、デジタル化という面からすると一筋縄でいくものではないようです。JISなどの規格や自治体におけるシステムでの扱いなどにも関わる大きな問題でもあり、一朝一夕には解決しないことと思われます。当面は必要性に応じて、外字フォント製品や入力ツールなどをうまく利用していくのがよいのではないでしょうか。

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